医学部が代表的な学部になっている、ある有名私立大学で起きた笑えないできごと。
大学組織トップの89歳になる会長が体調を崩し、その大学の医学部付属病院に入院した。最上ランクの個室の病室に運びこまれた会長を、内科の教授が緊張気味に診察したが、ただのかぜのようで、簡単な治療で回復するものと思われた。
ところが、かぜの治療処置をして数時間後、予想外の現象が現れた。ベッドに寝ていた会長の腰から右足の先までが、突然麻痺し、寝返りもままならなくなってしまったのだ。
なにしろご本人は高齢の会長だ。内科の教授に加え、神経外科、整形外科など、症状に関係がありそうな診療科の教授たちが次々に診察したが、どの教授も診断が下せなかった。原因が分からず、治療法の見当もつかなかった。
診察した教授の中に、Dr.Tsaiと親しい教授がいた。彼は苦慮した末、有望な対策にやっと思い至った。
「これは、西洋医学の医療だけでは対応できない。
だがもちろん、会長をこのまま放置しておくわけにいかない。
診療に東洋医学を導入して臨床実績を上げている、Dr.Tsaiに頼んでみようか」
要請を受けたDr.Tsaiは、看護師に案内されて会長の病室に入った。
会長のベッドの周りに、医学部の教授、助教授たちが20人ほども立ち並んでいた。どの先生の顔も一様にこわばっている。どうやら、ベッドの上の会長に説教されていた様子だ。
案内の看護師が教授たちに声をかける前に、会長の声が響いた。
「何度も言うが、君たちは全員医者だろう。しかも医学部の教授、助教授を任されている身だ。それなのに、なんでわしのこんな症状ぐらい治せんのだ。うちの大学は、何のために高い人件費を使って医学部を維持してきたんだ。何とかならんのか、まったく」
説教されていた教授のひとりが、すぐにDr.Tsaiに気づいた。
挨拶もそこそこに、教授たちは会長の相手をDr.Tsaiにゆずった。
Dr.Tsaiは、問診と丁寧な触診のあと、会長に外科鍼灸療法の説明をし、施術の同意を得た。会長をうつ伏せにして、背骨の両脇、腰、そして、神経系に添って右足の足首近くまで、合計100本ほど針を打った。そして灸を装着、点火。豪華な個室の病室に、モグサの独特の香りが充満した。
1時間足らずで針を抜き、マッサージをして治療を終えた。
会長は、足や腰を動かして感覚を確かめてからいった。
「おお。ずいぶん楽になった。蔡先生、あなたの針には、何か薬が塗ってあるのですか」
Dr.Tsaiは答えた。
「いいえ、薬など一切塗っていません。まったく針だけです」
会長は驚いた。
「うーん、そうですか。針だけでこんなに効果があるとは知りませんでした。
いや、素晴らしいものですな」
その翌日、会長の診療を要請してきた教授から電話が入った。
それは、外科鍼灸療法の効果に対する驚きに満ちた、お礼の電話だった。
「いやあ、蔡先生、昨日はどうもありがとうございました。
蔡先生が帰られた後、会長の麻痺が予想外の早さで薄れていったんです。今日の夕方には、もうご自分で歩いて退院していきました。本当に助かりました。
うちの医学部の面々は、先生の治療の効果に、ほとんど唖然としています」